マボロシノハジマリとは、数年前に作った曲のタイトル
『私という意識がこのマボロシノハジマリ〜』という歌詞。
そうだよなって、感じる人はいるのだろうか?
よく意味分からないこと歌ってるなって感じる人もいるだろう。
何歌ってるんだ!さっぱり理解出来ん💢って人もいらっしゃるんだろうか?
先日、このイベントの告知を『出演者、スタッフ関係者、イベントに参加する全ての人が、改めて、ただの傍観者、としての我々を認識するという平安に入りながら、今日はとにかくパカーンと楽しもうという趣旨のイベントです✨』とちょっと酔っ払いながらササっとFaceBookに書き込んだ。
翌日見直してみると、これは意味伝わんないこと書いちゃったな、と思ったのでしっかり書き足そうと思う。
『ただの傍観者、としての我々を認識するという平安』…説明不足かな。。
これは私達が、一般的に私と思っている”思考する私”が傍観者になるということではなく、
思考する私が、傍観する私をリアライズするという事。
思考している私、問題作って悩んでる私、痛みを感じてる私、を傍観してる私が本当の正体
思考している私は、傍観している私がずっと一緒だったと、気付く。
思い出したら忘れる事は出来ない。
もともと傍観している私しかいなかった。
成長する事もなく
退化する事もなく
汚れる事もない
どんな凶悪な殺人者だろうと
それが汚れるなんてあり得ない
傍観している私に個性はない
思考もない
感情もない
痛みもない
そこには何も無い
空(kuu)
空だが、空虚ではない
満たされた平安がある
究極の安堵感
これ以上は有り得ない
それが我々の正体
それが我々の正体
思考している私、は生まれてからついた幻のようなもの
それに積み重ねた概念も全て幻
全部幻想
傍観している私だけが、唯一永遠に変わらない絶対の存在
アートマン、サムシンググレート、純粋意識、
神だとか、仏性だとか、愛だとか、
我々の正体
我々の正体
空
空なのに今を味わえている
幻なのに生きている実感がある
かけがえのない奇跡
今回のイベントタイトルは『まほろばの船〜time of change〜』
まほろばとは日本の古語で”素晴らしいところ”という意味 舟は地球。この世界。
〜time of change〜変化の時
幻の思考は幻なんだから、深刻な問題なんてあり得ない
全ては思考している私が作り出しているファンタジー
ただただ今を楽しむに限る
創造主は自分自身なのだ
”これでいいのだ〜”と天才バカボンの歌が聞こえて来ても安心してください。
僕も聞こえました笑
この世界はとにかく楽しむに限る!とグルジもよく言ってました。
今日は5月15日。グルジの命日です。グルジの存在は今も計り知れません。
ぐるぶらふまんぐるゔぃしゅぬぐるでーぼーまへっしゅわらぐるさーちゃっぱらっぶらむはんたすめいするぇいぐるえいなまはーॐ
じゃいほーぐるじ🙏
1 件のコメント:
素晴らしい!楽しみにしています☄️💫
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