2020/11/01

自分探し

自分探し
というと十代の若者のみが使える言葉と感じるが、
自分とはなんぞや

そもそも自分と認識し始めたのはいつなのか、、

自分という認識より前からあるそれに、
ずっと一緒のそれに、
あえてフォーカスしなかったが、改めて気づく事

それに勝る平穏な世界は存在しない
ヒンディー語ではシャンティーという
綺麗な響き

ある人が言った
「気づいた人はオーラがキラキラと光っている、悟った人は見るからに違いがわかる」
これはかなり危険
人種差別
何かすごい妄想を抱いている。
インチキ宗教の教祖はキラキラオーラを出しているに違いない。

そもそも気づこうが、気づかず意識してなかろうが、皆同じである。
自分には大抵の子供は皆キラキラして見える。
無垢だから。




あるヨガスタジオで
長年修行しながら旅を続けているという人に出会った。
この人ならもしかして、と「気づいた事」を話そうとすると話半分で、
「そんなのは庶民の悟りだ💨
悟りには小さい悟りと大きい悟りがあるのだ💢」と
自ら悟ってないと言いながら、小さいとか大きいとか、、
傲慢な言葉はむなしく響き、この人に何を言っても意味がないと悟った自分は閉口した。

ブッダの
悟った瞬間に皆が救われたという言葉
皆救われている存在だという事に気づいた
すべては幻だと、いう事だとに気づいたという事。

僕らは
すべての感覚から解放された存在

すべては幻という言葉が表している通り(インドで生活していると皆よく使う)
この事は何千年も前から、おそらく何万年も前から明らかな事なんだろうが。

井上哲玄老師は言った
「大悟後それまでの知恵が邪魔をしていたと気付いた」

ADYA SHANTIは言った
「頭につけてるサングラスを探していたような事だった」

いつかに続く…

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